いつも眠そうにしているナマケモノ。会話中であっても急に眠りに落ちる不思議な能力(?)を持っている。行動がのろく、いつもぼんやりとしている彼は、何やら誰にも言えない秘密を持っているようだ。彼が裾の間から土を振り落とす場面を見かけたことがあるが、とある映画の名シーンを思い起こされた…
ティムは刑務所に入る前、とある有名な投資銀行でファンドマネージャーをしていた。動きはのろいが、投資家に金を稼がせるスピードは速かった。忙しい仕事に人付き合いが苦手な性格を加え、それなりの資産を持つティムだったが、中年になっても独り身のままだった。
ティムはリバーサイドの有名なセレブ街に住んでいた。周りの住民は社会的ステータスの高い大商人や役者、そして政治家ばかりだった。だが、近くに誰が住んでいようとティムには関係ない。仕事から戻ると、ティムはすぐに眠りについてしまうからだ。
しかし、デイジーの登場が全てを変えた。もっとも、「キャノン夫人」と呼ぶべきかも知れないが。ホテル会社の社長を夫に持つデイジーは、数ヶ月前にティムの家の隣にある一軒家を借りた。だが、キャノン氏はめったに家に帰らず、普段はデイジーだけがそこに住んでいる。デイジーもティムと同じく外出を嫌い、プールサイドで日光浴をするのが一番の楽しみだった。
ティムの寝室の窓からはちょうどデイジーの庭が見えた。デイジーは誰もが思わず振り向くような美貌を持っており、奥手なティムとて例外ではなかった。そんなティムはある日、デイジーに気付かれてしまったが、デイジーはその無礼な行いを非難するところか、遠くから話しかけてくれるようになった。恥ずかしがり屋のティムはよくデイジーを笑わせ、ふたりはすぐ友達になった。と言っても、「壁を隔てた友達」だが。
ティムは何度もデイジーを散歩や自宅へ誘ったが、毎回やんわりと断られてしまった。最初は既婚者として距離を取っているだけだとティムは思っていたが、ある日の雑談中にデイジーはうっかり口を滑らせた。彼女は女主人でありながら、鍵を持っていないため庭からは出られないという。支配欲の強い夫は、彼女を籠の鳥のように家に閉じ込めたのだ。思い返して見れば、キャノン氏が泊まりに来ると、この家からはいつも大音量な音楽が流れた。そして翌日のデイジーの体には、いつも前日の「ダンス」で出来たあざと傷が残っていた…
舞台俳優であったデイジーは、大舞台に登ることを夢見ていた。彼女はそんな夢を叶えるために小さな町から都会に出たが、ツテがなかったため、夢を叶えられずにいた。そこで、金と権力を持つキャノンは、スポンサーになる代わりにデイジーに青春を捧げるように要求した。未来への希望を失くしたのか、デイジーは自分よりだいぶ年上のキャノンとの結婚に了承した。だが、金と引き換えに結ばれた婚姻に幸せがあるはずもなく、「買い主」はあっという間に「商品」に飽きてしまった。そうしてデイジーは、酒に酔ったキャノンの暴力のはけ口となった。
デイジーの傷だらけの口元から苦笑いがこぼれた。自分の運命をとっくに受け入れてしまっているようだった。だがデイジーが平然とした様子を見せるほど、ティムの心にさざ波が立った…
また騒がしい夜が訪れた。キャノンはいつもより飲んでいるようで、スピーカーが最大音量になっていても、デイジーの苦痛に満ちた悲鳴を隠すことができなかった。ティムはベッドから起き上がり、決意した。今は寝ている時ではない、今こそ全てを終わらせるのだと。
ひと通り発散したキャノンは、汚い言葉を叫びながら家から出てきた。その言葉から察するに、情婦のところで別の感情を発散するつもりらしい。しかし、煌々と光る2つのヘッドライトがその行く手を阻んだ。近づく光から逃げようと、キャノンは脚をもつれさせながら逃げようとしたが、その脚はあまりにも遅すぎて、ナマケモノに追いつかれてしまうほどだった…
キャノンはこれまで一度もティムに会ったことがない。これからも会うことはないだろう。